例会

4月340回例会のご案内

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※ 前後半共々は会場対面のご発表の予定です。(リモート配信あり。)会場は渋谷区氷川区民会館
です
※ 会場でご参加の方は、参加者名簿にご記入の上、整理費500円也をお納めください。

前半 演題と発表者 演題 「地」で読み解く『イギリス海岸』『台川』とその背景 加藤碵一(かとう・ひろかず)氏
 『宮沢賢治大事典』によれば、『イギリス海岸』や『台川』は、「童話というよりもむしろ、・・・学生たちを引率しての地学巡検日誌」とされ、「台川」は花巻の西郊外の山麓にある、現在の花巻温泉の横手を流れるささやかな谷川で、・・・下流で瀬川と合流し、やがてイギリス海岸辺りで北上川に注ぐ。」である。従って作中には、地学用語(鉱物・岩石・化石・堆積物・土壌・地形・地史・地質構造など)が頻出するが、作品を鑑賞するには虚心に読者の感性をもとに読み進めば十分で、語彙解釈に過剰に拘泥する必要はないとも言えるが、見知らぬ語彙についてその意味を知りたいと思うのも人の情であるし、知る事によってより深くより広く作品を理解し楽しむことができよう。その際、事実誤認(いたずらに賢治造語とするなど)をきたすことは当然避けるべきであるし、必要に応じて最新の知見を引用してもそれらは必ずしも明治~大正期、即ち賢治の時代の知見とは一致しないから、当時の知見を賢治と共有した上で論ずるべきである。そうした観点から上述の地学用語を評釈してみることにしたい。
(会員 産業技術総合研究所名誉リサーチャー)
※会場における対面による発表+リモート配信。なお、加藤様におかれましては、一昨年下咽頭ガンの手術で声帯を摘出したため発声ができなくなったので代読によるご発表となります。代読は須長裕子様にお願いしています。
後半 演題と発表者 演題 「セロ弾きのはなし」から「セロ弾きのゴーシュ」へ 杉浦 静(すぎうら・しずか)氏
 「セロ弾きのゴーシュ」の草稿の中には、「セロ弾きのはなし」という童話が埋もれていました。主人公のセロ弾きは、おこりっぽく、やや意地が悪い、しかも、セロはちっとも下手でなく、そこそこセロの腕がいいのです。こんなセロ弾きのもとに夜な夜な訪れる猫・かくこう・野ねづみなどの小動物たちは、いささか自己中で、セロ弾きに勝手なリクエストをして怒らせたり、自分の用が済んだらそそくさと帰ってしまい、唖然とさせたりしています。宮沢賢治は、雑誌『児童文学』からの寄稿依頼にこたえて、この「セロ弾きのはなし」を完成させようとしました。その時に、セロ弾きは、〈ゴーシュ〉と名づけられ、最後まで内容の点検も済んだようですが、結局、新しい構想の下に改稿し直して、できあがったのが、現行の「セロ弾きのゴーシュ」です。現存草稿にブルーブラックインクで書き加えることで改稿はすすめられています。「セロ弾きのはなし」に付加されたのは、どのようなテキストか。これまでの、ゴーシュ論では見逃されていた問題が、草稿分析から浮かび上がります。
(会員 大妻女子大学 名誉教授)
※会場における対面による発表+リモート配信。
 

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2月339回例会のご案内

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※ 前半は会場対面、後半はリモートの予定です。(リモート配信あり。)会場は渋谷区氷川区民会館
です
※ 会場でご参加の方は、参加者名簿にご記入の上、整理費500円也をお納めください。

「校本・新校本における今日的意義」その2 ―凡例精読と模擬読書会―
 今回の例会は昨年2025年10月に開催した 校本・新校本における今日的意義 ―知って置くべき校本・新校本の作法― に続くもので、新校本を紐解いて、実際に草稿の推敲過程をたどろうと言う試みです。
前半 精読 新校本宮澤賢治全集『凡例』の世界
 本文凡例、校異凡例、草稿通観他
司会進行・資料作成 外山正
コメント 栗原敦、杉浦静 (会場対面)
後半 模擬読書会/補遺(*用意のある場合)
 〔川しろじろとまじはりて〕文語詩稿五十篇より
司会進行、資料作成 大角修
コメント 栗原敦、杉浦静 (会場対面)
 ※この試みは、当会が奇数月に開催している読書会の内容を、具体的に示して「今まで関心があったものの、参加まではしていなかった。」と言う様な方々をお誘いする意味があります。特にご発言は求めず、ギャラリーに徹していただいて構いませんので、覗いてみてください。また、前半の「凡例」については、校異を読解するにあたって、意味のある重要な知識となる関係ですので、こちらも覗いてみてください。
 
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12月338回例会のご案内

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※ 前半は会場対面、後半はリモートの予定です。(リモート配信あり。)会場は渋谷区勤労福祉会館
です
※ 会場でご参加の方は、参加者名簿にご記入の上、整理費500円也をお納めください。

前半 演題と発表者 演題 宮沢賢治と藤原嘉藤治 ―「或る日の『宮澤賢治』」と賢治没後の貢献について― 森 義真(もり・よしまさ)氏
 賢治没後まもなく岩手日報学芸欄の「宮澤賢治追悼号」(1933.10.6)に掲載された藤原草郎(嘉藤治のペンネーム)の詩「或る日の『宮澤賢治』(一九二四、八、二〇)」の先駆形として、「『心象スケッチ』の賢さんの歌」(「スケッチブック」より 大正13・8・20)がある。
 その二つの詩について読み解きを行うとともに、賢治没後における『文圃堂版全集』と『十字屋版全集』に向けた嘉藤治の取り組みを、このたび明らかになった『宮沢賢治の親友 藤原嘉藤治所蔵資料集』(瀬川正子編、NPOポラーノの広場・録繙堂出版、2024.10.19)に収載された資料などから、<賢治を世界に広げる基礎をつくった>嘉藤治の貢献についてクローズアップする。
 この嘉藤治の貢献については、最近刊行された『宮沢賢治を創る人びと[改題増訂版]』(米村みゆき著、七月社、2025.4.22)の視野には入っておらず、「賢治を創る人」の一員としての嘉藤治の役割を再確認していただきたいと考えている。
(近代文学研究家)
※会場における対面による発表+リモート配信。
後半 演題と発表者 演題 全天を駆け抜ける銀河鉄道の世界 谷口義明(たにぐち・よしあき)氏
 銀河鉄道よ、銀河の果てを駆け抜けろ!
 宮沢賢治の生年は1896年(明治29年)、そして没年は1933年(昭和8年)。わずか37年間の人生だった。しかし、そのわずかな期間で、賢治は膨大な数の短歌、詩、そして童話を書いた。そして、それらは令和の今でも、多くの人たちに読み継がれている。まさに国民的作家である。
 賢治の特徴のひとつは、科学に造詣が深かったことである。鉱物、化学、物理学、そして天文学。かなり深いレベルで勉強し、その知識をうまく作品に取り込んでいる。そのため、科学者も賢治の作品に心惹かれている人が多い。天文学者が賢治に惹かれる理由のひとつは『銀河鉄道の夜』にあると言ってもよい。『銀河鉄道の夜』というタイトルだけから想像すると、天の川の中を銀河鉄道に乗って旅をする物語だと思いがちである。しかし、じつは、死出の旅路であり、童話というカテゴリーでシンプルに理解することは難しい物語といえる。この童話が書き始められたのは1924年頃とされている。今からざっと百年前のことだ。その時代に銀河鉄道という魅力ある言葉を生み出し、天の川を生き生きと描いて物語を紡いでいく。その賢治の力量には、まったく驚かされてしまう。しかし、賢治は思っているのではないだろうか。
「皆さんも、好きなように天の川の中を銀河鉄道で走ってみてください。」
 つまり、賢治の『銀河鉄道の夜』に縛られる必要はないということである。そこで、また新たな銀河鉄道の旅を提案することにしたい。天の川銀河のハローを旅する物語である。『銀河鉄道の夜』を読むと少し不思議な表現に出くわす。それは「がらんとした桔梗いろのそら(桔梗色の空)」という言葉だ。星々が煌めく天の川の中で、なぜがらんとした空をみることになるのだろうか? そして、その色はなぜ桔梗色をしているのか。これらの問題を考えることで、ジョバンニたちは銀河の円盤からハローを見上げていたと推察した。
 「はくちょう座」の北十字から「みなみじゅうじ座」の南十字に向かう。北側のハロー(がらんとした空)を旅する。一方、南側のハローを旅する。二人に、旅の途中、どんな美しい光景を見るのだろう。
 はたして、どんな旅が待ち受けているのだろうか。それでは、出発だ!

※「北がらん経由」と「南がらん経由」の銀河鉄道の旅路(第4章参照)。左上の写真はJR釜石線の宮森橋梁を走る電車。写真は銀河鉄道の旅路の方向を考えて、左右反転して使用している。(撮影:畑英利)GAIA衛星による全天写真←リンク: (ESA/GAIA/DPAC)
(放送大学 特任教授/今年度宮沢賢治賞奨励賞受賞)
※リモート
 

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10月337回例会のご案内

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◉テーマ 校本・新校本における今日的意義 ―知って置くべき校本・新校本の作法―
口上〈序〉
 賢治生誕百年の一九九六年から二九年が経過しました(!)。と言うことは「新校本宮澤賢治全集」も刊行から来年で三十年になるわけです。先代の(旧)校本全集はシミも現れ、拙宅の蔵書の中でもかなりの古本になりました。全集と言う刊行形態は、作家の創作の現場に読者が肉薄出来る事を目指したものと理解しますが、一方で作家の小宇宙に対する読者の所有欲を満たす意味もあったと思います。これからさらに全集が更新され続けるのかと考えると、少なくとも今までの延長では進まないでしょう。ただ、これら半世紀に及ぶ時間の経過は受容史として新しい視点を得るに十分な長さでしょう。校本・新校本への認識について改めて今日的な吟味作業をしてみようと考えました。
 この様な考え方に至るには、当会の「読書会」活動に大きな意味があると考えます。直近では「短歌百選」をまとめることが出来ましたし、校本に対する「リテラシー」も個人を超えて組織としての会がそれなりに獲得して来た実感があります。とはいえ、あまり良く理解しないままになっている部分も少なくないでしょう。校本から始まって経過した半世紀の時間は、全集編集作業が「物語」に変わる時間でもあります。(宮沢清六氏プロデュースの「〈文学史に燦然と輝く〉校本時代」半世紀の次に控える時代の理想も考える必要があるでしょう。)
 回答者に新校本の編集者であった栗原敦、杉浦静の両氏をお迎えし、いくつか用意したエピソード(意味としては「章」程度です)を枠組みに据え、ホームページ経由で事前に募集した質問を中心に、質疑応答で全体を構成しようと考えています。知っているようで実は知らない校本、新校本の秘密に「改めて」迫ろうと言うものです。
 前半
◉エピソード1 物語「花巻スタンドバーの夜」
・「討議『銀河鉄道の夜』とは何か」(元来はユリイカ)をきっかけに、宮沢清六氏から依頼を受けて作業に入るまでの経過が物語として語られているもののおさらい。
◉エピソード2 校異の読み下しは可能か
・我々は読書会で、当然の様に校異を読み下しています(それは、漢文にレ点を付けて読む方法に似ますが、そのことはどう評価できるのでしょう)。しかし、そもそも校異は読み下しを想定して作られたものではありません。けれども読み下し無しに読書会は成立しません。理想的な読み下し方法はあるのでしょうか?
◉エピソード3 「凡例」「校異凡例」精読(テキストとして再読。主筆はどなた?)
・たとえば、新校本時の「凡例」や「校異凡例」が決まる時の経緯など、知る事が出来れば。
 後半
◉エピソード4 「本文校訂」のロジックの理解及び各全集により異なる編集方針
・全集間の差異 校本以降でも、新修版、文庫版、新校本、コレクションとそれぞれの編集方針が説明されています。
◉エピソード5 あらためて……「永久の未完成これ完成なり」と言うのはどう言うことか?
・あるいは、「推敲の現状を以てその時々の定稿となす」と言うのは、何にどの様な価値があるのでしょうか。
◉エピソード6 賢治は何処から来て何処へ行くか
・過去を振り返れば歴史ですが、将来へは展望を持つ必要があるでしょう。
・翻訳とIntelligence 電子化、データ化を経て現在はAIがとりざたされています。AIはArtificial Intelligence であり、差し当たって人工知能と訳されます。今後電子化、データ化の先は否応なしにAI等との関係性が取り沙汰されるでしょう。また、世界に「受容」されるには翻訳も必要です。次の二十年、またその先の二十年の展望は描けるのでしょうか。
 
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前半 演題と発表者 演題 「気のいい火山弾」を読む 村上英一(むらかみ・えいいち)氏
 「気のいい火山弾」は、「よだかの星」や「猫の事務所」に通じるいじめを扱った作品、或いは「虔十公園林」に通じるデクノボー礼賛の作品とする読み方をされることも多いが、一方で、ベゴ石が実は相当に賢いことも指摘されている。実際、やり取りを見ると、悪口に対して巧みに受け流しており、語り手も、「稜のある石ども」が「たゞからかったつもりだっただけ」だと述べている。
 ベゴ石が火山弾の標本としての価値を認められ、「東京帝国大学校地質学教室」へ送られるラストは、価値観の逆転やベゴ石の立身出世と捉えられることも多いが、ベゴ石自身は、「私の行くところは、こゝのやうに明るい楽しいところではありません。」と述べ、必ずしも喜んでいないどころか、むしろ寂しげでさえあることが問題とされている。ベゴ石は、馬鹿にされながらも野原にいて幸せだったと思われるが、そこをあまり重くみると、野原から連れ出される作品の結末は、悲劇となってしまう。「私共は、みんな、自分でできることをしなければなりません。」というベゴ石の言葉をどのように解したらよいのか、この作品を改めて検討してみたい。
(本会会長)
※会場における対面による発表+リモート配信。

後半 演題と発表者 演題 イーハトーブにおけるキツネの諸相 ―『宮沢賢治の動物誌』より― 神田彩絵(かんだ・さえ)氏
 本発表では、2025年2月に刊行した『宮沢賢治の動物誌 ―キャラクターを織り上げる―』より、イーハトーブ童話におけるキツネの諸相を取り上げて考察する。
 本書では、宮沢賢治が創作した一連の童話群を、イーハトーブという共通の“異世界”の中で展開される地続きのテクストとして捉え、繰り返し登場する8種の動物を「キーアニマル」と位置づけて分析を行った。分析にあたっては、生物学や民俗学、日本および世界の古典文学から近現代文学までを幅広く参照し、イーハトーブにおける動物表象と比較することで、宮沢賢治の動物観の独自性を明らかにしている。
 本発表では、その中からキツネに焦点を当てる。キツネは古来より日本人に親しまれ、神聖視されてきた動物であり、昔話から現代のコンテンツに至るまで、頻繁にキャラクターとして登場している。本発表では、イーハトーブにおけるキツネの表象を、日本における古代から現代までのキツネ観を中心に、生物学的知見や世界各地のキツネ観と比較することで、宮沢賢治のキツネ観の独自性とその文学的意義を浮き彫りにすることを目的とする。
(東京女子大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了。専攻は日本近現代文学。論文に「宮沢賢治童話における〈クマ〉――他者として描くこと」(「東京女子大学日本文学」第118号)など。渋谷区立宮下公園で開催されたWedding Park 2100「Parkになろう」(2023年)でエッセー「豊かさは繋がること」を寄稿。
著書に、『宮沢賢治の動物誌 -キャラクターを織り上げる-』(青弓社・2025年2月)。)
※ 会場における対面による発表+リモート配信。
 
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