7月読書会の記事を投稿しました。今回は、会場がいつもの千駄ヶ谷区民会館と異なりますので、ご注意ください。(6月16日)
6月第299回例会のご案内
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開場 |
| 会場 |
開会 |
| 会場整理費 |
※ 夜時間の開催です。
[box title=”発表者と演題” color=”#a9a9a9″](前半)
秋枝美保(あきえだみほ)氏
啄木文学の到達点と賢治の心象スケッチ
啄木『一握の砂』(一九一〇・明治四十三年)が賢治の短歌執筆に影響を及ぼしたであろうことはすでに佐藤通雅をはじめ言及のあるところであるが、両者の作品についての具体的な指摘はそれほどなされていない。啄木の到達点と賢治の短歌及びその後の「心象スケッチ」への展開との関係を、啄木の晩年の詩論「食ふべき詩」および晩年の短歌作品と賢治の作品とを比較して検証する。啄木が北海道から再度上京して後、文学について新たな境地に立ったことはすでに指摘のあるところであり、短歌創作についても新たな自覚が生じていた。その中で「詩は所謂詩であつては可けない。人間の感情生活(もつと適当な言葉もあらうと思ふが)の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。〔中略〕―まとまりがあつてはならぬ。」と述べており、その意味と実作の関係を検討するとともに、賢治の作品と比較し、両者の立場の連続性について指摘する。
(会員、福山大学人間文化学部教授)
(中間)
総会(30分の予定)
(後半)
ものがたりグループ☆ポランの会 彩木香里(さいきかほり)、小川智代(おがわともよ)他 氏
朗読 心象スケッチ『春と修羅』より
ものがたりグループ☆ポランの会は、2004年から、宮澤賢治の童話の全作品上演を目指して活動しています。
宮澤賢治が描いた情景や状況、紡がれた言葉やリズムを物語のまま伝えたいという想いから原作に書かれてあるまま表現することを基本とし、一人で語る「一人語り」、数人で演ずる「語り合わせ」、「朗読」の3つのスタイルで表現しています。
いままでは、ほとんど童話を中心に活動して来ましたが、今回、機会をいただいて、宮澤賢治の「詩」に本格的に挑戦します。一般に通常の話し言葉で構成される「童話」と異なり、「詩」はその一つ一つの言葉に、イメージの凝縮があり、対象作品によっては「音声」に移し替える作業がかなり難しいものもあります。同時に、童話朗読には無かった面白さなども感じているところです。ご期待下さい。
朗読予定作品は、心象スケッチ『春と修羅』より、序、春と修羅、小岩井農場パート7(部分)、小岩井農場パート9、岩手山、東岩手火山(部分)、無声慟哭、青森挽歌(部分)、噴火湾(ノクターン)、不貧欲戒、初版本目次を準備していますが、全体の構成から、ある程度省く可能性がありますので、よろしくお願いします。
(会員)
5月短歌読書会
7月読書会の記事を投稿しました。今回は、会場がいつもの千駄ヶ谷区民会館と異なりますので、ご注意ください。(6月16日)
4月第298回例会のご案内
| 開催日 |
開場 |
| 会場 |
開会 |
| 会場整理費 |
※ 夜時間の開催です。
[box title=”発表者と演題” color=”#a9a9a9″](前半)
ベルチャ・アドリアン(Adrian Bercea)氏
宮沢賢治とシャーマニズム―研究の問題性と可能性
シャーマニズムは、宮沢賢治の作品への理解において、非常に重要な構成要素だと言われる。同時にこの要素は直接に目に見えるものではなく、著作の深層に隠れて存在しているものだとも指摘されてきた。これは、もとより宮沢賢治とシャーマニズムというテーマを取り扱う際の、研究者にとって方法論的に難解な問題であった。この問題に加え、先行研究における著者の人格をシャーマニズムと関連させて論じる傾向と、オカルトなものとしてのシャーマニズムへの偏見とが合わさって、この研究が停滞するという現状に至った。
これらの問題を乗り越えるために、シャーマニズムの理論により厳密なアプローチを試みる。本発表では以上の問題を整理したうえ、この新たなアプローチについて説明する。最後に、集大成とされた「銀河鉄道の夜」を中心に、賢治作品にあるシャーマニズムの要素を掘り出し、それらの重要性を指摘して、この研究の可能性を示す。
(会員、関西大学大学院博士課程後期課程、ルーマニア出身)
(後半)
浜垣 誠司(はまがきせいじ)氏
宮沢賢治の他界観 ―その非仏教的側面と現代的意義―
宮沢賢治は一貫して敬虔な仏教徒であり、その世界観は基本的に仏教の教理に則っていた。「死者の行方」という問題に関しても、母親を亡くした保阪嘉内に送った手紙では、日蓮の教えに従い母の後生のために如来寿量品を書くよう強く勧めており、そこには何の迷いも見えない。
妹トシの死去に際しても、当初「永訣の朝」や「風林」には、彼女が天界に生まれるよう願う信仰と祈りが記されていたが、しかしその後の作品群は、次第にこのような仏教的輪廻転生観には収まらなくなっていく。「白い鳥」に引用されているヤマトタケル伝説をはじめ、日本固有の他界観に根ざしたイメージが、次々と展開されていくのである。
こういった賢治の他界観の「非仏教的」側面は、これまであまり注目されてこなかったが、当日は特にそのような面に光を当てつつ、トシ追悼過程における彼の他界観の動揺・変遷を、作品に沿って辿ってみたい。
ある意味では、ここで賢治が仏教のみに徹することができなかったからこそ、苦悩とともに彼は無意識の底から豊穣なイメージを紡ぎ出し、これが図らずも現代に生きる我々の深い共感を呼び、示唆を与えてくれているとも言える。
(会員、精神科医)
3月短歌読書会
7月読書会の記事を投稿しました。今回は、会場がいつもの千駄ヶ谷区民会館と異なりますので、ご注意ください。(6月16日)
