7月読書会の記事を投稿しました。今回は、会場がいつもの千駄ヶ谷区民会館と異なりますので、ご注意ください。(6月16日)
2月第302回例会のご案内
| 開催日 |
開場 |
| 会場 |
開会 |
| 会場整理費 |
※ 午後時間の開催です。
[box title=”発表者と演題” color=”#a9a9a9″](前半)
本田 裕子(ほんだゆうこ)氏
『銀河鉄道の夜』と「天の川」との距離
以前に『銀河鉄道の夜』での「天の川の水」について発表した(平成二十九年六月『銀河鉄道の夜』における「天の川の水」)が、今回はそれとはまた別のベクトルとして、ジョバンニと「天の川」を考えたい。
本作の全ての次稿で描かれている、ジョバンニの悲しみ。その中で「天の川」がどのように描かれているのかを探り、関係性を述べたい。
ジョバンニが難破船の少女とカムパネルラの仲良さに、「つらい」、「かなしい」と思い始め、不機嫌になる。その時に「天の川」はジョバンニから離れて、「たうもろこし畑」の風景になる。その後も「天の川」の風景ではない時、ジョバンニは不機嫌である。しかし、「天の川」に車窓から見え始めたことにより、ジョバンニの機嫌がよくなり、不機嫌になることはなくなり、「天の川」は汽車の傍らで流れ、離れることはなくなった。
以上のことを踏まえると、ジョバンニと「天の川」が連動していると想像できる。
(会員)
(後半)
正海 澄恵(しょうかいすみえ)氏
「私の宮沢賢治」
高校生の時に宮沢賢治に魅せられて以来、作品に触れ伝記や研究書を読み、自分なりの賢治像を追いかけてきた。生誕100年、120年などの賢治ブームもあり、TVや雑誌の特集などでも幾度となく取り上げられ、関連書籍も毎年多く出版され続けていて、一般的な賢治像はそれらによる部分も大きいと思う。資料の発見や調査によって近年あきらかになったことも多々ある中で、私の賢治像も当初とはかなり違ってきている。広く知れ渡った一般的な賢治像の変遷とはある程度は同期しているはずである。その辺りの経緯を振り返り、比較をしながら、地方の一賢治ファンの「私の宮沢賢治」を話してみたい。
(会員)
1月短歌読書会
7月読書会の記事を投稿しました。今回は、会場がいつもの千駄ヶ谷区民会館と異なりますので、ご注意ください。(6月16日)
12月第301回例会のご案内
| 開催日 |
開場 |
| 会場 |
開会 |
| 会場整理費 |
※ 午後時間の開催です。
[box title=”発表者と演題” color=”#a9a9a9″](前半)
岡村 民夫(おかむらたみお)氏
宮沢賢治と活動写真
宮沢賢治における映画の影響を考える場合、ともすれば忘れられがちなのは、彼の生前における映画(活動写真)の興行形態・受容形態が現在のそれらと非常に異なっていたという側面である。本発表では、花巻・盛岡の映画上映のあり方、幻燈・ジオラマ・演劇等の隣接メディア、弁士や学士の存在に注意を払いながら、「雪渡り」、「〔冬のスケッチ〕」、「セロ弾きのゴーシュ」、「双子の星」、「グスコーブドリの伝記」、「銀河鉄道の夜」等を再検討したい。同世代の作家・稲垣足穂の映画経験との比較を通し、フランスの初期ファンタジー映画が賢治文学に大きな痕跡を残したとする仮説を提示することにもなる。また、ゴーシュのモデルをめぐる新説も呈示する。
(宮沢賢治学会イーハトーブセンター会員、表彰文化論学会会員、法政大学教授、会員)
(後半)
伊藤 卓美(いとうたくみ)氏
賢治の”光”の”色”を考える
―水彩画を再現してみて―
校本全集には、賢治の描いた水彩画が6点記録されている。
カラー写真で掲載されているが、その中野「月夜のでんしんばしら」(仮名)・「竜巻の絵」(仮名)・の2点が”戦災での焼失により現存せず。原画のモノクローム写真が残されていたものに、宮沢清六氏の監修によって彩色したもの”となっていた。
白黒の写真の上に色を付けたようなので、暗い絵で、他の水彩画と異質なものだった。注釈を読まなかった人には「賢治はこんな暗い絵を描く人だった」と云うイメージを与えるのではと、私は危惧していた。
賢治の童話には、透明感のある”色”の表現が多用されているので、実際の賢治の{色感」はどうだったのだろうかと、水彩画を顕彰、その再現を試みてみた。
(木版画家)
11月短歌読書会
7月読書会の記事を投稿しました。今回は、会場がいつもの千駄ヶ谷区民会館と異なりますので、ご注意ください。(6月16日)
